万葉草ファーム/日本茜栽培

日本の伝統染料植物 日本茜の栽培

万葉草とは

時は既に、令和4年。
もう忘れてしまった方もいらっしゃると思いますが、元号「令和」とは万葉集に詠まれた歌の中の文字を組み合わせたものです。最初の元号「大化」から248番目の元号になりますが、初めて、日本に現存する最古の歌集「万葉集」から採用されたようです。

このブログ名は「万葉草ファーム」ですが、「万葉草」という単語の意味をご紹介します。

「万葉の時代」とは諸説ありますが、629年に即位された舒明天皇から万葉集最後の歌が作られた759年までの約130年間と言われいています。その130年の中で天皇、皇族、貴族や一般の民の歌も含め、約4500種の歌が編纂された日本最古の歌集が「万葉集」です。

そもそも「万葉集」という名前の由来はなんでしょうか。
諸説あるなかで、私は次の説が気に入っています。

「葉」は葉っぱではなく「世」を意味していると言われています。


「世」とは、「時代」を意味していると言われています。


ということは、万世、すなわち永遠に伝承されるようにと願いをこめられた名前と考えられます。

このブログ名についている「万葉草」も、それと同じ願いをこめて名付けたものです。
万葉時代の文化の一端をになった日本茜や紫草などの植物が、途絶えることなく未来に繋がるようにと願いをこめて「万葉草」と名付けました。

万葉集の中で、日本茜と紫草が詠まれた幾つもある歌の中から一番有名な歌をご紹介します。

額田王(ぬかたのおおきみ)という女性の歌人が詠んだ歌です。

あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る

ひらがな読み
あかねさす むらさきのゆき しめのゆき のもりはみずや きみがそでふる

個人的に勝手に解釈する歌の意味…
あかね色の夕焼けの中、紫草が生えている野を行ったり来たりしながら、そんなことをしていたら、見張りに見つかってしまいますよ。
あなたが私に袖を振っていることを。

一般的に説明されているところでは、恋愛の歌ではなく、狩猟の後の宴会を盛り上げるための余興として詠まれた歌という説があります。
「あかねさす」は紫の枕詞。
「紫野」とは紫色の染料となる紫草の栽培地。
「標野」とは一般の人の立ち入りを禁じた保護された場所。
「野守」とは標野を守る番人。
この歌の場は、紫色の染料となる紫草を栽培している、野守によって管理された国営農場。

歌の意味とは別に、厳重に管理された農場で栽培されていたことより、紫草は貴重だったことがうかがえます。

言葉とは不思議なものですね。
この歌のシーンが頭の中でイメージされていきます。

あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る イメージ写真

勝手なイメージです